漱石の手紙

新年明けましておめでとうございます。
今年は丑年ということですが、夏目漱石にこんな手紙があります。
「牛になる事はどうしても必要です。われわれはとかく馬になりたがるが、牛にはなかなかなり切れないです。僕のような老猾なものでも、ただいま牛と馬とつがって孕める事ある相の子位な程度のものです。
あせっては不可(いけま)せん。頭を悪くしては不可(いけま)せん。根気ずくでお出でなさい。世の中は根気の前に頭を下げる事を知っていますが、火花の前には一瞬の記憶しか与えてくれません。うんうん死ぬまで押すのです。それだけです。決して相手を拵えてそれを押しちゃ不可(いけま)せん。相手はいくらでも後から後からと出て来ます。そうしてわれわれを悩ませます。牛は超然として押していくのです。何を押すかと聞くなら申します。人間を押すのです。文士を押すのではありません。
これから湯に入ります。」

これは漱石が大正5年に、芥川龍之介と久米正雄に送った手紙です。当時、漱石は49歳、亡くなる4ヶ月前でした。芥川と久米は菊池寛らとともに第4次「新思潮」を刊行し新進作家として世に出て行こうとしていた頃です。
時代は明治の近代化路線が一定の成果を上げながらその陰の部分も大きくなり始めた頃で、そんな世の中の状況に対する警告を間接的に述べたものともとれるし、あるいは鋭敏な才能に振り回されてしまいそうな芥川の行く末を心配して忠告したものかもしれません。いずれにしても大きく変化する時代に流されないで、焦らず、根気よく、深く考えることが大事であり、そのことが結局人を動かし、世の中を動かすことになると述べているのではないでしょうか。
科学技術や情報技術の進歩によって、目まぐるしく変化する現代において、「牛のように」焦らず、根気よく、深く考えて世の中を動かしていく、そういう人材を育てていきたいと考えています。

2021年01月15日